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Vol.25 IFRSの基礎知識

1.東京合意

2007 年8 月8 日、企業会計基準委員会(ASBJ:Accounting Standards Board of Japan)とIASB(国際会計基準審議会)は、日本の会計基準とIFRS のコンバージェンス(convergence:収斂)を加速化させることの合意を公表し、両者の重要な差異につき2008 年までに解消し、残りの差異については、2011 年6 月30 日までに解消を図ることとなった。この合意は、「東京合意」という固有名詞で呼ばれるようになっているが、この東京合意以降、我が国の会計業界のIFRS の動向に対する関心は、間違いなく高まってきている。

現に、年が明けた2008 年1 月17 日に行われた新春全国研修会において、日本公認会計士協会が選んだテーマは、「『東京合意』に基づく今後の展望について」であった。また、2008 年3 月の日本公認会計士協会の機関紙である「会計・監査ジャーナル」の巻頭記事では、IASB 議長であるDavid Tweedie 氏が「2007 – a milestone year」と題し、IFRS の導入状況を巡る動きと、今後の活動予定を、力強く紹介している。

このような流れを受けて、本レポートでは、以下にIFRS の概要を紹介する。資本が国境を超えた大きな動きを見せる現在、IFRS の動向は、単なる会計の技術的な問題には留まらず、国際問題へとつながる。したがって、IFRS に関する基礎知識を身につけ、その動向を抑えていくことは、会計の専門家はもちろん、専門家以外の方達にとっても、有益なのではないかと思われる。

2.IFRS とIASB、IAS とIASC

IFRS について知ろうとする際、最初の壁となるのが様々な略称である。そこで、まず簡単な略称の整理を行いたい。
IFRS、いわゆる国際会計基準は、正式名称をInternational Financial Reporting Standards(国際財務報告基準)という。そして、IFRS を作成する会計基準設定主体がIASB であり、正式名称はInternational Accounting Standards Board である。
さらにもう一つ、IASB の前身組織の名称を覚えることも重要である。というのは、IASB の前身IASC(国際会計基準委員会)の設立が、実質的な国際会計基準のスタートであるためである。

IASC は、正式名称をInternational Accounting Standards Committee といい、1973 年に9 カ国(オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、日本、メキシコ、オランダ、英国、米国)の職業会計士団体としてロンドンに設立されている。IASB は、2001 年4 月1 日に会計基準設定主体としての機能をIASC から譲り受けたものである。
IASC もIASB と同様に、会計基準設定主体であるから、作成した基準書が存在する。このIASCが作成した基準書は、IFRS ではなく、IAS(International Accounting Standard:国際会計基準)という名称で呼ばれる。つまり、IASB が作成した基準書はIFRS であり、IASC が作成した基準書はIAS という関係である。

3.IFRS の導入状況

IFRS の導入方法としては、IFRS を自国の基準としてそのまま採用するAdoption と自国の基準をIFRS に近づけていくコンバージェンスの二通りがある。
現在、IFRS を採用している、若しくは採用を表明している代表的な国は以下の通りである。

 

一方、コンバージェンスの方法を選んでいるのは、我が国と、米国と中国のみである。
米国は、早くからFASB(Financial Accounting Standards Board:財務会計基準審議会)を設立し、世界の会計基準をリードしてきた会計先進国である。US GAAP(US Generally Accepted Accounting Principles:米国会計基準)により作成された財務諸表は、日本を含め、世界中どの国の証券市場においても認められ、US SEC(US Securities and Exchange Commission:米国証券取引委員会)は、米国で上場する外国企業に対しては、IFRS 適用企業も含め、US GAAP との差異調整を求めてきた。

すなわち、US GAAP こそが国際的に通用する会計基準であり、IFRS を国際的に通用する会計基準である、とは認めてこなかったといえる。しかしながら、2007 年11 月に、SEC は、米国で上場する外国企業がIFRS に基づいて財務諸表を作成する場合、US GAAP との差異調整を求めないことを発表し、自国の企業に対しては、IFRS の適用を認めるべきか否かを問う公開草案を出しており、現在では、IFRS に対して明らかに歩み寄りが見られる。また、並行して、FASB とIASBは、2006 年2 月に公表したMOU(Memorandum of Understanding:覚書)に基づいて、自国の会計基準とIFRS とのコンバージェンス作業を進めている。
中国では、2006 年2 月、CASC(China Accounting Standards Committee:中国会計基準委員会)が自国の新しい会計基準CASs(New Chinese Accounting Standards)を公表し、2007 年度から全ての上場企業に対し新CASs に基づいて財務諸表を作成することを義務付けている。CASs は、IFRSとのコンバージェンスを達成した基準であるとされている。

IFRS の導入状況を見れば、IFRS が国際的な会計基準としての地位を着々と固めている状況は、米国さえも例外とならないことからも、明確に認識されるべきであろう。世界第2位の資本市場である我が国日本が、IFRS と無関係でいられるはずもなく、東京合意において、その立場を明確に表明したことになる。それでは、そもそもIFRS 導入の意義とは何なのであろうか。

4.IFRS 導入の意義

IASB は、2001 年の発足以来、「急速に統合する世界の資本市場に、共通の財務報告用語を提供する(to provide the world’s rapidly integrating capital markets with a common language for financial reporting)」ことを目標として掲げている。
財務報告において、共通言語が採用されるようになれば、投資家は、国境を超えても、企業の業績を容易に比較できるようになる。そのことは、「投資先で使われている会計基準がわからないから」という理由の投資リスクを減少させ、国境を超えた投資機会を拡大させるはずである。つまり、会計基準・言語の国際化は、国際資本の移動の更なる促進剤となると思われている。しかしながら、それは良い側面だけを持つものではない。
会計基準は規則であるが、規則は守られなければ、規則としての意味がない。すなわち、IFRS導入を表明するということは、自国に対してのみではなく、国際的にIFRS を守るという責任を表明するということに等しい。正確にいえば、規則を守る責任という意味では、IFRS 導入前においても、同じ責任を有しているのであるが、IFRS 導入を表明した場合、その責任の実質的な重みは明らかに増してくるはずである。つまり、基準が国際的になることにより、それを守るという義務も、国際的な視点が不可欠となる。それは、守れなかったことによる責任も、国際的な影響をもたらすと考えられるためである。

冒頭に述べた「新春全国研修会」では、国際会計基準の歴史、日本の対応等を紹介した『国際会計基準戦争』(日経BP 社:2002 年10 月初版)の著者、磯山友幸氏もゲストとして参加していた。同書が出てから既に5年以上経過しているが、国際的な会計基準の覇権を巡る「国際会計基準戦争」は、未だに終わってはいない。
現在、IFRS 導入の流れは規定路線であり、我が国は当面、合意したコンバージェンス作業を行っていかなければならない。一方、現在、順調な流れに乗っているように見えるIFRS も、その試みはおそらく人類史上初のものであり、この先、どのような課題・障害にぶつかるかは未知数である。そのため、我々は、IFRS を巡る動きを他人事と思い、見て見ぬ振りをするべきではないと考える。IFRS は国際問題であり、会計専門家だけの話ではない、という視点が必要であろう。

以 上
(文責 新井 康友)